ろじうらのあかり

好きだからこそやるんじゃない やってるからこそ好きなんだ

絶望さえ甘く響いた


 ズッキーニを見つけたので他のお野菜も刻んでラタトゥイユを作ったら食事がめちゃくちゃ捗りました。
 パンに乗せてもいいしうどんやパスタにかけてもいいしオムレツに乗せてもよい……素晴らしい……。



 ニトロ最新作「みにくいモジカの子」、詳細がいろいろ出まくってその中に体験版もあったので心をきしませながらプレイしました。
 今は「また……下倉バイオはこういう事をする……つーか全編主人公視点ってそういう事かよ……」などと頭を抱えながら店舗特典のページを見ています。初回限定どうなんだろうなーでも私基本的にはましまさんの原画がすげー好きなんですよね……線が太めの原画が好きだし何よりめちゃくちゃ絵が上手いので。公式サイトの足を見るだけで「この人体型を描き分けてるんだな」というのがはっきりわかるのが最高。

 で、肝心の話、演出のほうなんですけど、これマジでTPS(Tanezaki Person Siten)なので没入感、プレイヤーと種崎くんのシンクロを狙っているのかなとは思うのですが、そもそもそこに注力するのなら主人公に「種崎 捨(すてる)」という名前はつけないと思う(本当になんていう名前だよ幼名にはわざと縁起の悪い名前を持ってきて厄を寄せ付けないようにするとは言うけど現代日本だよ作中世界……)ので、どうなんだろうなあ。
 というかオートで進んでいたはずなのに「プレイヤーから操作しないと先に進まない」シーンがあるらしくて今確認したんですけど、「よりにもよってそこかよ」という気持ちと「そらまあそこですよね」という気持ちがせめぎ合っていて頭を抱えます。

 OPや体験版の描写を見る限り種崎くんのモジカは後天的なもののようだし、なんか町の祭みたいなものも関わってくるようだし、種崎くんでも心を視ることができない(らしい)椿ちゃんがキーパーソンなのかな……OPでチラッと見える臓物の折り重なった何かはなんなんでしょうね……。そういう意味でも「ギャルゲー」「ルート制」にそこまで踏み込むつもりではないのかな。まあそれ一度やったもんな。「視る」「認識する」(あるいはしない)「主人公視点」という事にこだわっていくようなので、そこがキモなのかな。

 何であれそうですね……素直に楽しみとは言いたくないような気持ちもあるんですけど楽しみです。種崎くんが深く暗い森の先を焼き払った先には何が見えるのかとか。いやもう虚空しかなくない?????って思うんですけどバイオ氏を私は信じる。